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宗教と遺跡と歴史、有名スポット多数のイスラエル・イエメン・リビア

イスラエル・イエメン・リビアは教科書の中で出会った有名な遺跡やスポットが目白押し。これまであなたが経験したどんな旅よりも刺激的でエキサイティングな時間を過ごせることでしょう。

信仰の心に満ちた国 イスラエル

宗教の国、イスラエル。ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の3つの宗教の聖地・エルサレムがあり、4000年以上前の古代から多くの人種や文化、ひいては国家が複雑に絡み合って歴史を紡いできました。

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イスラエル

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エルサレム(世界遺産)
世界遺産に登録されている1キロ四方の小さな旧市街には、嘆きの壁、ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)、聖墳墓教会という3つの主要スポットがあります。
ユダヤ教徒の人々が涙を流して寄り添ったり、キスをしたりと、それぞれの想いに従って祈りを捧げる嘆きの壁。紀元70年のユダヤ戦争で残ったエルサレム神殿の西の壁がそれです。曇りなき眼で神を信仰するその姿は、あなたの心に深い何かを刻むはずです。
ヴィア・ドロローサは、死刑を告げられたイエスが十字架を背負って、ゴルゴダの処刑場に向かったときの道のりをいいます。毎週金曜日は実物大の十字架を担いでの行進と祈りが行われています。
聖墳墓教会は、ヴィア・ドロローサの終着点であり、イエスが処刑されたゴルゴダの丘の上にあります。イエスが処刑された場所、イエスの遺体を埋葬したとされる場所などがあり、巡礼者が絶えません。
死海周辺
死海といったら浮遊体験。エン・ボケックやエン・ゲディのビーチで体験できます。通常の10倍以上、30%以上の塩分濃度を持つ死海では、力を抜けば水に寝るような体勢で浮くことができます(体への影響が出るため20分程度まで)。周りにはホテルがあり、死海の泥を使ったエステも受けられます。

エルサレム

岩のドーム
岩のドーム
黄金色のドームがひときわ目立つ岩のドームは、イスラム建築最古の建物です。エルサレムの象徴的な存在で、イスラミックブルーの美しいタイルで飾られた独特の八面体が特徴的です。ドーム内にあるモリヤの丘はマホメットが昇天した場所といわれています。
嘆きの壁
ローマ軍によって破壊されたユダヤ教の神殿を囲む西壁のひとつ。ユダヤ人にとって最も神聖なものとして崇拝されています。嘆きの壁を前に、足元から頭まで黒づくめのユダヤ教徒の人々が祈りを捧げる敬虔な姿は、とても印象深いものです。
ヴィア・ドロローサ
旧市街北東にあるエッケホモ教会と北西の聖墳墓教会とを結ぶ約1kmの曲がりくねった小路で、イエスがピラト官邸のあったアントニアの要塞で死刑判決を受け、十字架を担いで処刑の行われたゴルゴタの丘まで歩いたと信じられているルートです。ラテン語で悲しみの道という意味です。
聖墳墓教会
聖墳墓教会
キリストが処刑されたゴルゴダの丘に建てられ、その内部には、“キリストが磔にされた十字架が建てられていた穴”が現存しています。
ヴィア・ドロローサ(悲しみの道)の終着点でもあるこの教会には巡礼者や観光客など訪れる人々が絶えず、入場を制限される場合もあります。
最後の晩餐の部屋
イエス キリストがユダヤ教の指導者たちによって捕らえられる前夜、イスカリオテのユダを含む12弟子とともに食事をしたのがレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画で有名な「最後の晩餐」です。最後の晩餐が行われたとされる場所がシオンの丘にあります。
ダビデ王の墓
シオン門の外、マリア永眠教会の近くにあり、十字軍がここをダビデ王の墓と定めました。
マリア永眠教会
エルサレム旧市街の南西に位置するシオン門を出てすぐのところにある大きな教会です。 聖母マリアをまつった教会で、地下には永眠する聖母像があります。
鶏鳴教会
大祭司カヤパの官邸跡に建てられた鶏鳴教会は、ペトロがイエスを三度知らないと嘘をついた場所です。
ゲッセマネの園
イエスと弟子たちが最後の晩餐のあとに祈りを捧げ、またイエスがイスカリオテのユダに裏切られ捕えられた場所とされています。正教会では、聖母マリアが埋葬された場所といわれています。
万国民の教会
最後の晩餐を終えたイエスが弟子たちとゲッセマネの園にやってきて、最後の夜をすごしました。その時イエスが座って祈り続けた岩が残っています。
主の泣かれた教会
この教会はイエス キリストがオリーブ山の山頂に立ち、当時のユダヤ教指導者の無理解を嘆き、エルサレムの将来を案じて、エルサレムのために泣いたという新約聖書の記述に基づいて1955年に建てられました。
主の祈りの教会
オリーブ山を登ったところにイエス キリストが弟子たちに祈りを教えたとされる「主の祈りの教会」があります。ローマ皇帝コンスタンチヌスの母ヘレナが建てさせたとされます。

ベツレヘム

聖誕教会
イエスが生まれたとされる家畜小屋(洞窟)があったとされる場所に建てられたのが聖誕教会です。
外観は石の壁で覆われた要塞のごとき面持ちで、外敵から教会を守るために、屈まないと通れないほど入口は小さく造られています。

エンボケック

海抜-400mの死海、そのイスラエル側のリゾート兼保養地。昔は、訪れる人は少なかったが、20世紀になりリゾート地として、また死海の水を利用した死海製品、肥料などの死海産業で賑わうようになりました。
死海の泥を利用したエステ体験を行なうことが出来るホテルもあります。


エーラット

エーラット

イスラエル最南端、紅海のリゾート。ヨルダンやエジプト領シナイ山と国境を接する地域です。世界一透明度が高いといわれる紅海でのダイビングやイルカと遊泳体験、近郊の砂漠地帯ではキャメルサファリも楽しめます。


シナイ山(エジプト領)

シナイ山(エジプト領)

エジプト領内のシナイ半島の南部には、モーセがが神より十戒を授かった山といわれるシナイ山があり、各国のキリスト教徒を中心に多くの観光客が訪れます。

聖カタリナ
聖カタリナ
旧約聖書「出エジプト記」には、モーセが神より十戒を授かったという有名な記述があります。その場所が、聖カタリナ(シナイ山)といわれており、頂上では峰々から姿を現す荘厳なご来光を拝むことができます。
また、この地にはユダヤ・キリスト・イスラム教徒にとって宗教的に重要な意味をもつ場所があり、世界各国から多くの人々が巡礼に集まって来ます。

ミッペラモン

ミッペラモン

地殻変動と浸食により出来上がった巨大なクレーター(断崖)です。
大クレーター地帯をジープによるサファリでお楽しみいただけます。


ベエルシェバ

ベエルシェバ

ゲネブ砂漠に位置する大都市。その大きさから「ゲネブの首都」と称されることもあります。

ベドウィンキャンプ

マサダ

マサダ

イスラエル東部の古代遺跡。死海西岸の孤立した台地(東側の高さ約390メートル)の上にあり、北、東、南側は絶壁に囲まれ、西側も急斜面をなしています。紀元前2世紀後半にマカベア朝の王たちがここを要塞としました。前40年にはパルティア人の侵入の際、ヘロデ大王が自分の家族をここに避難させましたが、その後、彼の王国の最南端防衛線上の拠点兼離宮の所在地として開発されました。崖縁に三段の小宮殿のある北側を除いて、台地は城壁で囲われ、その内部には西側にある本宮殿をはじめとして兵舎、浴場、武器庫、食糧庫、大貯水槽、プールなどが備えられています。


エリコ

古代オリエントの中でも古い町で、世界で最も標高の低い町でもあります。「スルタンの泉」と呼ばれるオアシスがあり、多くの人々が住み着きました。エリコの名前は『旧約聖書』にも繰り返し現れ、「棕櫚の町」として知られています。

ロトの妻の塩柱
ロトの妻の塩柱
創世記の逸話で、主がロトの家族を助けようとして「命がけで逃げよ。振り返ってはならぬ。」と言い渡したが、ロトの妻だけが振り返ってしまったため塩の柱になってしまったと言われています。

クムラン

クムラン

一般的に「クムラン教団」とも呼ばれていますが、「クムラン」とはその土地(水無川)の名前で遺跡発見された当初に付けられた通称です。彼らの生活跡が遺跡として発掘され、身を清めるための水浴層や水路が整備されているのがわかります。

死海文書
1947年、ベドウィンの少年がヤギを追いかけていたときに、死海文書(しかいもんじょ)は発見されました。一般的にはこのクムラン教団によるものとされていますが、考古学上では諸説もあります。

ナザレ

この小さな町でイエスは伝道を始められるまでの約30年間を両親と共に過ごしました。イエスの母マリアが天使ガブリエルよりイエスの受胎を告げられた場所としても知られています。

受胎告知教会
受胎告知教会
受胎告知教会はコンスタンチヌス大帝の母ヘレナの依頼で、マリアの家の跡とされる場所に築かれた教会堂で、中東最大の教会堂といわれます。
屋根のかたちはアヴェ・マリアの「A」の文字をモチーフに作られたといわれます。
聖ヨセフ教会
聖ヨセフの教会
受胎告知教会と並んで、聖ヨセフの教会があります。地下には大工の作業場と見られる洞窟の痕跡があることから、ヨセフの家であっただろうと推測されています。

ティベリア(ガラリヤ)

ティベリア(ガラリヤ)

約2000年前、ヘロデ大王の息子、ヘロデ・アンティパスが、ローマ皇帝ティベリウス・カイザルの名前を取って建設した都市です。

ガラリヤ湖
イエスが宣教に勤め、また数々の奇跡をおこしたと言われているガリラヤ湖。湖畔には、イエスにまつわる教会が多くあり、また当時イエスが乗った船を再現した観光船が行き交っています。
聖ペテロの魚
ペテロが魚を釣り上げてみると、その口に銀貨があって、それを神殿に税として納めたというものです。この魚は口の中で卵を孵化する習性があるので、湖底の砂と一緒に硬貨を口に含んだと言われているそうです。白身のあっさりとした味でイスラエルの名物料理です。

カペナウム

山上の垂訓教会
山上の垂訓教会
祝福の教会ともいい、イエスが8つの祝福を祈ったと言われる場所に建てられた教会です。ガリラヤ湖を見渡せる小高い丘の上にあり、ドームの内部は八角形をしており、それぞれにラテン語でその祈りが書かれた8枚のステンドグラスがあります。
パンと魚の教会
イエスの奇跡の一つ、飢えた5000人の民を養うため、5匹の魚と2斤のパンを増やしたと言われる場所に造られた教会です。祭壇中央の床にあるパンと魚のモザイク画が有名です。また周囲にはまた当時ガリラヤ湖畔に生息していた動植物のモザイク画も描かれています。
シナゴーグ跡
ペテロの実家跡と、すぐ前に1~3世紀のシナゴーグ(ユダヤ教会堂)跡が発掘されています。ペテロの実家と、会堂の距離が比較的近かった聖書記事の様子から、カペナウム会堂跡前の民家がペテロの実家として位置づけられているようです。

カイザリア

カイザリアはヘロデ大王が寄港地として栄えていた当時のこの場所をさらに大規模な港町へと変貌させて作られた地中海に面する美しい町です。

円形劇場
円形劇場
直径約170mの半円形の劇場で、地中海の風に乗り、音が隅々に響き渡るように設計されています。現在でもコンサートなどに使われています。
水道橋
水道橋
ヘロデ王が水の少ないカイザリアに水を引くために建設しました。導水橋には1本は農業用水用に、1本はカルメル山から9kmに渡って飲料水用に引かれていたようです。
カナの婚礼教会
カナはイエスが初めて奇跡を行った場所として歴史に名を残しています。カナの婚礼教会は、イエスの奇跡を記念して建てられたものです。カナは現在、アラブ人の街となっており、フランチェスコ修道会によるものとギリシア正教会による二つの婚礼教会があります。

ヤッフォ

ヤッフォ

ヤッフォはテルアビブに隣接する古い港町です。近代的な建物の立ち並ぶテルアビブとは対照的に、ヤッフォ旧市街には昔のままの古い家や店が立ち並び石畳の広がる静かで情感のある街です。古くから貿易で栄えた良港でしたが、今日ではヨットハーバーや漁港として機能しています。 また、ヤッフォで最も歴史の古い地区はオールド・ヤッフォと呼ばれ、石畳の町並みが残っています。石造りの家々がレストランやブティック、画廊などに利用されているお洒落な町です。

テルアビブ

テルアビブ

イスラエルの西側海岸地域に位置するテルアビブはイスラエル最大の都市で、国際級のホテルも並び、政治や経済の中心地として発展を続けています。また地中海に接するエリアではリゾートエリアとしても人気です。市中心部には、放送局や巨大ショッピングモールなどのほか、ハビマー劇場、ヘレナ・レビンシュタイン博物館、イスラエル国防軍本部、リクード、労働党本部や情報機関のモサッドやシャバック本部などの他に報道・商業・政治などの主要機能が集中しています。
また、ハ・メディナ広場周辺の地域は、白亜建造物が並ぶ計画都市で、白い都市として世界遺産に登録されています。 ハ・ヤルコン川より北側の地域には国内線用のスデ・ドヴ空港、イスラエル博物館や、学問の中心、テルアビブ大学があり、ラマト・アビブと呼ばれる高級住宅地もあります。

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イエメン

イエメンには豊かな文化と魅力あふれる歴史や遺産があるので、中東でも人気のある観光地に挙げられます。イスラム教伝来以前と以後の建築物が混在し、目を見張るほど美しい自然の風景も注目です!

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イエメン

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サナア

サナア旧市街

「世界最古の摩天楼都市」と呼ばれるサナアの起源は伝説の時代に遡り、人類が住み続けている最も古い町のひとつと言われています。この街の建物は、2,500年以上に渡ってそびえ、ユネスコの世界遺産に申請されています。

バーバルヤマン(イエメン門)
サナアの旧市街は外壁によって囲まれ、昔は4つの門がありましたが、現在ではバーバルヤマン門ひとつが残るのみです。
旧市街
伝統的な建築様式の住居が立ち並び、建物には「カマリア窓」と呼ばれる半円形の窓が造られ、また漆喰の模様が一層町全体を美しく魅せています。
サヌア・スーク
南側のバーバルヤマン(イエメン門)をくぐると、巨大なスーク(市場)が広がります。もともと塩の市場がここに始まり、その周りに様々なお店が集まったと言われています。
博物館
サナア新市街にあるイエメン国立博物館は1971年に開館し、2006年5月に収蔵品を充実してリニューアルオープンしました。イエメンの歴史や宗教、民族などに関する資料を展示しています。建物はかつてイマームの宮殿だった場所が利用されています。

ワディダハール

ワディ・ダハールはサナアから15kmほど離れたところにある岩山に囲まれた緑の豊かな谷あいの町です。最近では週末にサナアの人々がピクニックにやってくるなど地元の人々の憩いの場ともなっているのです。ここに残るロック・パレスはイエメンの代表的な建築物で、土地のシンボルとなっています。

ロックパレス
ロックパレスはイエメンを治めていたイマーム・ヤヒヤの夏の別荘として1930年代に建てられたもので。現在は内部が観光客に公開され、博物館の様になっており、当時のイマームの生活の様子を見ることができます。

シバーム、コーカバン

2つの町が岩山の上と下にあることで有名なのがシバームとコーカバンの町です。岩山の上と下に同じ民族が暮らしています。下にあるシバムは標高2,400mにあり、農業と商業の町で、周囲には耕地が広がっています。シバームは、粘土で作られた独特の家があることで有名で、木製のドアと雨戸には凝った装飾がなされています。

セーユーン(タリム、シバム)

ワディ・ハドラマウト地方の空の玄関口となる街です。英国の支配時代は北ハドラマウト地域の首都となり、現在では世界遺産の町シバーム観光の拠点となっています。

宮殿跡
1920年代にこの地域を支配したアル・カシリ王国の王によって建てられた宮殿が残り、現在では王宮の中は博物館になっていて、いくつもある迷路のような部屋の中に昔の家具や武器、アクセサリーなどの民芸品が展示されています。
アルカーフ宮殿群
19世紀に東南アジアにスンニ派を広め、インドネシアやシンガポールでホテル業などで成功したアルカーフー族の宮殿です。

シバーム

シバム

サナアと比べると建物と建物の間隔が狭く窓も小さくて、見上げるような高層ビル群のように見えます。シバームの住宅は全て、泥煉瓦によって構成されており、今日でも、500以上の5階から9階建ての高層建築が残っています。建物間には連絡橋が設けられ、自由に往来ができるようになっています。

マナハ、ハジャラ

緑の絨毯が広がるような3000m級の山々、岩山の上に続く高原都市。町が山の上に建てられ、家がビルディングのように何階建てにもなっているのは外敵の侵略から身を守るためですが、ハジャラの町も敵の侵入を防ぐため入り口が一つしかない城塞都市となっています。
ハジャラを遠望する町マナハは、かつてコーヒーの交易で栄えた町です。レストランではサルタ鍋などの伝統的なイエメン料理を味わいながら、ジャンビアダンスを鑑賞することができます。

ホデイダ

1849年にオスマン帝国に占領されて以来、モカにかわる主要港として急速に発展しました。外国領事館、船会社、貿易商社が並び、同国でもっとも近代的で活動的な都市です。

魚市場
漁から戻ったばかりの船がたくさん停泊しており、獲れた魚を分けたり陸に運んだり、非常に活気ある眺めです。

ベイトアルファキ

色鮮やかな織物で知られる街です。


ザビート

ザビートは819年、アッパーズ朝の総督だったムハマンド・イブン・ジヤードが築き、学問の振興を目指しました。南アラビアの学問の中心地として栄えました。中世には200以上の学校やモスクが造られ、5,000人もの生徒がここで学んだそうです。ザビードの旧市街は1993年にユネスコの世界遺産に指定されましたが、保存状態は悪く、世界遺産の中でも危機遺産に指定されています。

モカ

モカは紅海に面した小さなイエメンの港で、かつてのコーヒーの積み出し港として栄えました。モカコーヒーの名で日本でも有名ですが、モカコーヒーはモカで栽培されている訳ではありません。イエメンの山岳地帯で収穫されたコーヒーはモカに集められ、イスラム諸国、ヨーロッパなど世界各地へと輸出されていきました。

タイズ

タイズ

サナアから車で約5時間のイエメン第2の都市です。南部山岳地帯の名峰サビル山の北斜面の標高1400メートルに位置し、景観がすばらしいです。 1948年からイエメン革命の1962年まで、首都として政治の中心地でもありました。標高1400m、南北に迫る険しい山間に位置し一年を通して春のような過ごしやすい気候です。 旧市街のカビール門周辺に広がるスークは常に賑わいを見せ、スパイスやフルーツ、衣服やジャンビアなど様々なものが売られています。

博物館
イエメン王国時代のイマームの宮殿を博物館にしており、1962年共和国革命の直前に病死したイマーム・アフマドの持ち物や家具などがそのまま展示されています。
サラー宮殿
サラー宮殿は1962年のイエメン革命までタイズを治めていたイマーム(王)、ヤッヤと息子アッマドの居城でした。小さな煉瓦を精巧に積み重ねた建物は現在、国立博物館として一般公開されています。

アデン

アデン港

火山から海に溶岩が流れ込んだことにより、自然の港が作られました。イギリス支配時代はヨーロッパからインドへ向かう旅客船の重要な寄港地となり、南北統一以降も経済の中心地として発展しています。紀元前1世紀ころヒムラヤット王国によって造られた18個の貯水池が残るアデンタンクや、フランスの詩人ランボーが住んだ家などが残っています。

アイダールモスク
14世紀の聖人、アイダルースとその家族の墓があります。

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リビア

リビアは、アフリカ大陸のほぼ中央に位置し、その国土は地中海のシドラ湾周辺からサハラ砂漠にかけて広がっています。町はアラブの国ならではの混沌とした面白さに満ちており、サハラ砂漠が広がり、地中海沿岸にはローマ時代の壮大な遺跡が存在します。

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リビア

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トリポリ

首都トリポリは美しい緑の樹木とオアシスに恵まれた「地中海の宝石」と呼ばれています。 紀元前7世紀にフェニキア人がこの地方を植民地化し、オエア、サブラタ、レプティス・マグナの3つの都市を建設し、その総称としてトリポリス(3つの都市)と名づけられました。


ガダメス

首都のトリポリから南西に654km,アルジェリア国境に近く、往時のサハラの支配者トゥアレグ人が建設した町です。チュニジア、アルジェリアとの国境近くに位置するガダメスは古来から南西アフリカとトリポリを結ぶ交易の中継地として栄えました。

旧市街
迷路のような旧市街は、日干し煉瓦に石灰を塗った白い建物の内部は涼しく、気温が40度を越える様な夏の暑さをしのげる構造になっています。家屋の多くは石灰が塗られた簡素な外壁に対し、室内は象嵌、石膏の浮き彫り、アラベスクなどの装飾で満たされ、北アフリカの伝統的なマグレブ美術の影響が見られます。また、北アフリカの広い地域に住む先住民ベルベル人の伝統的な暮らしが色濃く残る村、カバウには山の斜面に築かれた要塞形円形食料貯蔵庫(カスル)があります。
穀物貯蔵庫
北アフリカの広い地域に住む先住民ベルベル人の伝統的な暮らしが色濃く残る村、カバウには山の斜面に築かれた要塞形円形食料貯蔵庫(カスル)があります。
ガダメスダンス
伝統的なガダメスの民族ダンスは先祖を供養するもので古くから伝えられた民族ダンスです。

サブラタ

北アフリカ最大規模と言われる円形劇場をメインとする古代ローマの都市遺跡です。今もコンサート等に使用されている円形劇場、地中海を見渡す露天風呂スタイルのローマ浴場、コリント式の円柱が残るイシス神殿など見どころ満載です。


レプティス・マグナ

現存するローマ帝国時代の遺跡では最大規模を誇ります。紀元前1,000年頃、フェニキア人によって築かれた交易都市のひとつで、当時アフリカから金、銀、象牙、宝石、動物、奴隷など様々なものが運び込まれ、輸出港として栄えました。5世紀にヴァンダル人の侵略を受け、町は荒廃してしまいましたが、大部分が砂に埋もれていたため、保存状態は良いモノが多いのが特徴です。


キュレーネ

紀元前630年頃、飢饉に苦しみデルフィでアポロンの神託を受けた人々が、泉の湧く理想のこの地に町を築いたのがキュレーネの始まりです。ギリシャ色が濃く、アクロポリス、円形劇場、そして古代ギリシャ建築の典型であるドーリア式列柱が立ち並ぶゼウス神殿など見ごたえ十分です。


サハラ(アカクス山中)

フェザーン地方と呼ばれるリビア南部は広大なサハラ(砂漠)が広がっています。 この地域の特色は先史時代の岩絵が多数現存していることで、「タドラルト・アカクスの岩絵遺跡群」の名でユネスコの世界遺産にも登録されています。

壁画
サハラ砂漠が砂漠化する以前、そこは緑のサバンナで、象やキリン、カバなど数多くの野生動物が生息していました。当時の様子を伺わせる原始岩壁画や刻画が今でもアカクス山中で見る事ができます。狩猟や放牧の様子が活き活きと描かれた岩絵が残り、先史の人々の暮らしを今に伝えています。

ジェルマ

なだらかな砂丘が広がる砂漠の町です。


ウバリ砂漠

リビアのサハラ砂漠の中でもとくに美しいといわれる「ウバリ砂漠」。砂はきめ細かく美しく、緑に縁取られた湖との景色はとても幻想的です。

カブロン湖
ウバリ砂丘に残る塩水湖のひとつのガブロン湖。塩分が高く、浮遊体験ができます。

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インターネットでのご予約はこちらからどうぞ 03-5368-0951 営業時間:月~金(10:00~18:00)/土日祝(定休日)