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仏陀に思いを馳せて巡る ブッダロード

仏教が生まれ、多くの巡礼者が祈りを捧げに訪れるインド。中でも仏陀のゆかりの地を巡る「ブッダロード」の旅行は人気です。最大の聖地であるブッダガヤを始め、初めて説法をしたサールナートなど数々のスポットがあります。遠い昔、この地を歩いた仏陀に思いを馳せて歩んでみましょう。

ブッダロード

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ルンビニ(生誕の地)

ルンビニ(生誕の地)

仏教の開祖・釈迦の生まれたとされる地。約2500年ほど前、カピラヴァストゥを都として栄えた釈迦一族のマーヤー夫人は、ある夜に白い一匹の象が右脇から胎内へ入る夢を見て、そしてその後懐妊します。 お産のため実家へ戻る一行は、途中マーヤー夫人がルンビニで産気づいたため、アショーカの花が咲く木につかまり、シッダールタ王子を出産しました。 それが、のちのお釈迦様です。
マーヤー・デーヴィー寺院を中心に、アショーカ王が巡礼したときに建立された石柱、釈迦が産湯をつかったという池などが残ります。巡礼者で賑わっていますが、特に12月から1月にかけて多いです。

ピプラワ
ネパール国境近くのピプラワから、1898年に銘文入りの舎利壺が発見され、近年さらに古い舎利壺とシーリングが発掘されて、この地がシャカ族の都カピラヴァストゥであるという証拠が見つかりました。
約1.5Km南のガンワリアの遺跡が王宮址とみられています。仏誕の地ルンビニーは、ここからほぼ東へ14Kmの所にあります。

ブッダガヤ(成道の地)

ブッダガヤ

ブッタガヤは仏教の最高の聖地とされています(ヒンドゥー教の聖地でもある)。釈迦が修行の末、大きな菩提樹の木の下で瞑想を続け、悟りを開いて仏陀となった地としてあまりにも有名。

マハーボディ寺院には仏陀の足跡や仏陀像などがあり、いつでも多くの人でにぎわっています。各国の仏教徒が思い思いに熱心に祈りを捧げる姿に心を重ねてみるといいでしょう。

大菩提寺(マハボディ寺)
大菩提寺
釈尊が菩提樹下で禅定され、悟りを開かれた最も重要な聖地で、その菩提樹と台座(金剛宝座)を祀っています。
前3世紀のアショカ王の頃に最初の祠堂が建てられ、現在の形になったのはほぼ4世紀以降のことです。大塔のまわりの欄楯柱には前2~1世紀のものがあり、考古学博物館にも展示されています。
尼蓮禅河
29歳で出家した釈尊は、真の幸福と無上の知恵を求め、ブダガヤ近くにて6年にも及ぶ苦行に入りましたが、体が衰弱し、朦朧とするばかりで何も得られませんでした。対岸の前正覚山の山中で苦行されたとも伝えられています。
そこで、苦行を中止し、ナイランジャナー河(尼蓮禅河)で身を清め、村娘スジャータのささげる乳粥を摂って元気を回復し、いよいよ悟りの座となった菩提樹の下で最後の禅定に入り、まもなく無上の悟りを開かれ、ブッダ(覚者)となられたのです。

サルナート(初転法輪の地)

サルナート(初転法輪の地)

サールナート(鹿野園)は、仏陀が初めて説法をした(初転法輪)場所として知られます。鹿が多く、仏陀の初めての説法を聞いた者の中に森の鹿もいたとか。仏陀の教えが世界に広がったスタート地点、感慨深いものがあります。
多くの遺跡が点在する田舎町ですが、自然と心が癒される不思議なエネルギーが眠っています。古くからあると思われる木々など、素朴な風景を楽しんでください。

迎仏塔
迎仏塔
ブッダ・ガヤーで悟りを得た釈迦が、かつての5人の修業仲間と出合った場所です。
ダメーク・ストゥーパ
ダメーク・ストゥーパ
芝生が美しい広いサルナート遺跡公園には、仏陀にゆかりのある遺跡や寺院が点在していますが、その中でひときわ目立つ巨大なダメーク・ストゥーパが聳えるように立っています。 6世紀に建てられ、一部破壊されていますが、外側の模様はきれいに残っています。今もこの塔の周りを回って礼拝する修行者の姿が見られます。
ムラガンダクティ寺院
ダルマパル・ロードに出て東へ進むと、花壇に囲まれたムラガンダクティ寺院が見えます。中に入ると壁いっぱいにブッダの生涯を描いた壁画があります。
考古学博物館
考古学博物館にはインド国家紋章となっているアショカ柱の柱頭にあった有名な四頭の獅子像が保管されています。
アショカ石柱
アショカ王の石柱は、1896年にドイツ人の考古学者フューラーによって発見されました。紀元前249年にマウリヤ王朝のアショーカ王がこの地を訪れたときには、ルンビニは大きな村だったといわれており、ここで見つかったアショーカの石柱には、神々に愛でられしアショーカ王が即位20年の年にこの地を訪れ石柱を立てた旨と、釈尊の生誕地であるこの村は免税され、8分の1のみの納税で許される旨が刻まれています。

クシナガール(入滅の地)

ブッダガヤで悟りをひらき、サールナートで初めての説法を行い、その後45年間に渡り教えを説いたブッダ入滅の地として知られています。
ヴァイシャーリーで自らの入滅を予言した後、クシナガラの沙羅双樹の下でついに涅槃に入りました。その時、沙羅双樹は白い花を満開にさせて降らせたと言われています。

ラマバル塚
ラマバル塚
釈尊を火葬にした「ラマバル塚」です。ラマバル塚は高さ6m、煉瓦を小山のように不規則に積み上げた形をしています。周囲には、涅槃塔や僧院址など多くの遺跡があります。

ラジギール(王舎城)

ラジギール(王舎城)

仏陀がまだ「シッダールタ」の名だった時代、出家してから修行を積んだ地がラジギールです。仏陀となって悟りを開いた後も、この地で説法をしたとされています。
ガンジス川中流域随一の強国マガダの首都ラージャグリハがあったところです。都の跡は周囲を5つの山に囲まれた盆地になっており、小高い岩山に囲まれた天然の要塞となっています。
早朝には、グリッドラクータ山(霊鷲山)に訪れるといいでしょう。山頂で日の出の瞬間を見ると、心が洗われるような気分になります。

霊鷲山
霊鷲山は、ラジギールから北東へ5Km程の所にある小高い山で、頂上には、釈尊が起居されたという岩窟や説法されたという場所があります。山頂が鷲の姿に見えることから、鷲の峰という意味で、霊鷲山とか鷲峰山と呼ばれています。
竹林精舎
釈尊時代、中インドの最強国であったマガダ国の首都、王舎城の郊外につくられた僧園です。
七葉窟
ここで釈迦入滅後に弟子達が集まり、伝えられた教えを確認し合う第一回仏典結集が行われました。経典編纂の原点ともなるものです。

サヘト・マヘート(祇園精舎)

シュラバスティ(舎衛城)

祇園精舎― それは、コーサラ国のスダッタ長者が、仏陀へ帰依するために寄進した土地です。なんとスダッタは、精舎を建てるために地面一面に黄金を敷き詰めたのだとか…
ここで、釈尊は24回の雨安居を過ごされ、多くの経を説かれました。
サヘトが、その祇園精舎址で、釈尊が説法されたと伝えられる台座や後代の多くの僧院址があります。その北東約500mの城壁に囲まれた一帯が舎衛城(シュラバスティ)の址で、マヘトと呼ばれています。

ヴァイシーャリー

ヴァイシャリ

ヴァイシーャリーはパトナーからガンジス河を渡り、北へ56kmほどの所にある仏跡の一つです。ブッダ在世当時の北インドにはマガダ、コーサラをはじめ16の大国があったといわれています。ヴァイシーャリーはそのうちの一つであるリッチャヴィ族の首都として繁栄した都市です。
釈尊はしばしばこの地を訪れ、逗留されました。娼婦アムラパーリのマンゴー園寄進や、猿の群が釈尊の鉢に蜜を取り供養したことなどで有名です。旧都城址、マウリヤ時代以前に起源をもつストゥーパ、アショカ王石柱と、その側に猿の掘った池などが見られます。

サーンカーシャ

釈尊が天界から降臨したと言われる地。マーヤー夫人は、出産を終えたあと7日後に世を去り、シッダールタは実母を知らずに育ちます。仏陀として悟りをひらいた後、マーヤー夫人に説法をするために天界へわざわざ昇ったというお話があります。
天界に上り、母に説法をした後、地上に再び降り立った場所がサンカーシャだと伝えられています。
見所として大ストゥーパやアショーカ王の石柱があります。

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